ケディ目線

kedi=猫。トルコは野良猫天国。

ケディ1
サブランボル・ケディA: ん?何かご用?
(いえ、トルコのネコの写真を撮ってくるように言われているので・・・)

ケディB: じゃあ、どうぞご勝手に-。
ケディ2

ケディ31
(む?不吉な予感)
ケディ3
サフランボル・ケディC: あのね〜、今日は13日でも金曜日でもないでしょ。しかも、ここはイスラム圏だし〜。そんなことより、着物に草履でちょこちょこ歩いているあなた、ころばないように気をつけなさいよ。
ネコだって、17世紀に作られた石畳は歩きにくいのよねえ。
あなたの友達、靴底がはがれたって?
でも、ここは世界遺産だから、ずっとこのまま。

カスタモヌ・ケディ: 食事中にテーブルや椅子の足の間を縫って歩くのは私たちのレクリエーション。ちょっとした障害物競走ってとこ。
ネコ4

ネコ3
サフランボル・ケディD: そうそう!トルコではどこでもこのエクササイズが大流行。せっかく痩せようと運動してるのに、人が勝手にご褒美をくれるのよね。おいしいから、つい、多めに食べてしまう。

イスタンブル・ケディ:みんな、のんきでいいわねえ。 私たち都会っ子は、今、大変なのよ。目は痛いし、ホント、疲れる〜〜。
DSCF7167.jpg

----
タクシム広場では、無言で立つ抗議行動の人たちも放水や催涙ガスで散らされ、イスティクラル通りに逃げても追われたそうです。通りにはたくさん野良猫がいましたが、あの猫ちゃんたちはどうしているかしら。
ゲジ公園は、目下、市によって、たくさんの花が植えられているらしい。美しい公園を残そうとしているのか、テントをはったり集会する場所をなくそうとしているのか、市の意図は私にはわかりません。美しい花を踏みにじることは誰にも出来ない、、、ゲジ公園だけは、花の咲く間は平和的に守られる気がします。
この騒動で命を落とした人のために、赤いカーネーションを持ってタクシム広場に集まろうというネット上の呼びかけがあり、カーネーションを持って集まった人たちが放水や催涙ガスで追われている動画を見ました。赤いワンピースの女性の背中に放水している映像を見た方は多いと思います。政府側によると、デモを煽動して、ショッキングな画像を流しているのは一部の反政府勢力だと言っています。
ポリスが静かに立ちはだかる前で、トルコの「私のふるさと」を大合唱するほっこりした素敵な動画もあり、救われます。(今晩、進さんが「国立はっぽん」でその歌をうたってくださるそうです)
近年の経済を発展させた首相の手腕と強いリーダーシップを支持する人たちが約半数。飲酒を制限し、子どもは3人以上生むことやスカーフを被るなどのイスラム化に戻そうとする逆民主化に反対する民衆や、独裁的になりつつある政府に危機感を抱く勢力と、二つに分かれているトルコ。この国の行方はどうなるのでしょうか。

スポンサーサイト

  1. 2013/06/27(木) 10:37:33|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

21)帰国日

シャングリラホテルのご好意に甘え、レストランの長椅子で難民生活。
回りでは、ウエイターさんたちが、翌朝のテーブルセッティングを始め、ついに12時を回りました。
ホテル側がタクシー2台を呼んだというので(いい加減に出て行ってほしい気持ちは分かります)、喜んで乗ろうとしたら、タクシム方面だけは絶対無理と乗車拒否。
ガスの匂いが消えていたので、歩いて帰ることに。
Bグループは裏道を選んで歩きながら10時過ぎに無事ホテルに到着したとか。ユスフさんは、私たちを迎えに出てはいるのですが、どこも通れずなかなか近くまで来られない。30分ほど歩くと、水中眼鏡をかけて迎えにきてくれたユスフさんと感激の再会をしました。安全そうな道を選んで、ガラスの破片、石ころやレンガなどが散乱する中、ホテルを目指して黙々と。道ばたでは、ポリスや市民が座り込んで休憩していたり、まだ広場を目指して行く若者達が歩いていたり。

電気が消え、ひっそり寝静まっているホテルに着いたのは夜中の2時を過ぎていました。
久しぶりに浴槽のあるホテルだったので、たっぷりの湯につかり、無事を感謝しました。

バッグに下げていたナザールボンジュウが割れていたのは、出来過ぎの話でしょうか。
実は石畳の道で一度サンダルがひっかかり、つまづいたのです。ナザールボンジュウは、災いから守り、割れて身代わりにもなると言われています。(ありがとう!)
割れナザール

翌朝、窓外を見ると、ボランティアの人たちがゴミや石ころを集めて掃除していました。これで収まるとよかったのですが、、、

夕方の飛行機ですが、11時にホテルを出発することに。
荷物をまとめたあとは外に出かける元気もなく、ホテルの部屋で「ビーズの縁飾り」ミニ講習会。ベリーを作りました。
ホテル講習

今回の旅、最後に大変な思いもしましたが、それも貴重な体験。
トルコの情勢がより身近な問題となり、新聞記事も目にとびこんできます。ブラジルでも同じような騒動がおきていますが、想像できるようになりました。

私たちより長くトルコに滞在された石本さんや、再び訪土した添乗員Mさんによると、イスタンブルのタクシム広場周辺はまだ穏やかではないけれど、その他の観光地は全く影響がなく、のどかだそうですよ。

普通のツアーでは行かない街にも行き、美しい景色を見て、歴史を感じ、いろいろ見学や体験をし、トルコの友達も増えました。
手仕事の刺激を受け、イーネオヤの進化を肌で感じてきました。

企画&主催の石本夫妻、BS観光、現地のユスフさんと、とも子さんには大変お世話になりました。
おかげさまで、とても楽しく実り多い旅でした。
石本さんは、”来年はバラ祭りに合わせて・・・”と、もう動き出されています。
来年は6月か・・・と私も頭の中にチラッとインプット。

ようやく帰国までたどり着いたので、トルコの旅の報告はひとまず終えます。お疲れさまでした。
こぼれ話を交えながら、以前のように、週2回ペースのブログに戻そうと思います。私も「ビーズの縁飾り」を進化させていかないとね!



  1. 2013/06/24(月) 00:06:02|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

20)ホテルに帰れない

デモが心配なので、明るいうちにホテルに帰ろうと、船乗り場に。
船2
シュプレヒコールと指笛で耳が痛くなるほど。
船が着くと、船上側と桟橋側でヤンヤの大合唱。船長?も応えるように汽笛?を鳴らし、それは、賑やか。
羨ましいほどの一体感で、これがオリンピックに向いたらさぞかし盛りあがるだろうと思われたのですが・・・
船
5時15分発、乗ってみたら、船室内は心配するほどの混み具合ではなく(日本のラッシュ時のほうがよほど大変)、席を譲っていただいたりして和やか。元気な若者たちはデッキで気勢をあげていたのでしょう。

下船し、ユスフさんが引率して観光にでかけたBグループとパスタ屋さんで合流を計画。
歩くうちに、市民側の集団とバリケード状に並んだポリスが対立している場面に遭遇。我々に気づくと市民側の男性が、「外国の旅行者だから通してくれ」と叫び(多分)、護衛しながら通してくれました。

私たちは、「お取り込み中、失礼します。みんなで渡ればこわくない」状態で第一関門を無事突破。
その男性は私たちを送り終えるとポリスとハイタッチしたり、それほど緊迫感はありませんでしたが、その後がどうなったか気になります。お互いに憎み合っているわけではないのに、大きな騒動になり長引いているのは悲しいことです。

通過してホッとした石本夫妻と私を、芳子さんが撮ってくれていました。
スキャン 1

坂道を上がり、角を曲がると、第二関門。
ポリスが「ここから先は通れない」と。とも子さんが懸命に説明してくれたのですが、放水や催涙攻撃が始まっている模様。だんだん催涙ガスがこちらにも流れてきて、目、鼻、喉に違和感が。仕方なく、脇のシャングリラホテルに避難することに。
シャングリラ
上流階級の結婚披露宴があったそうで、素敵なドレスをお召しの方々がロビーを優雅に歩いていらして、まるで別世界。
疲れた足取りの石本さん、咳き込む智恵子さん他、買い出し帰り?の我々の姿に、ホテルでは、「大丈夫か?」「医者を呼ぼうか?」と、とても親切。

マカロン
ロビーで出されたチャイセットです。さすが高級ホテル!
ナプキンも紙ではなく、真っ白なリネンのレース!
ピッカピカのトイレで手を洗い、しばし優雅な避難民となりました。

催涙ガスが消えたら出かけようと思うのに、ホテルのドアの開閉ごとに、ガスが流れ込み、私たちはロビーから奥のレストランに移りました。窓外の道路はポリスのたまり場で、集まってはガスマスクやヘルメット、盾を装備して出かけていきます。
待機している救急車に、額に傷を負ったポリスが休んでいるのが見えました。

とも子さんが、ユスフさんやホテルと連絡をとりあっても、どちらからも今は動かないようにとの指示。
夜の9時。メニューを持ってきてもらって、ホテルで食事をすることにしました。

私が頼んだのはカリフォルニアロール。(そろそろ日本食が恋しくて)
カリフォルニアロール
醤油差しが、土瓶だったのには驚きましたが、とてもおいしく、量も適当で大正解。日本人のシェフがいるとのことでした。

でも、ここはトルコ。食事には必ず食べ放題のおいしいパンがつくことを忘れていました。
パン
おいしいスープだけを頼んだひろこさんのほうが正解だったかも。

そんなことを言っている場合ではないでしょう?と突っ込まれそうですが、、、つづく。



  1. 2013/06/23(日) 00:01:29|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

19)ミュゼ

去年、NHK・BS ”恋する雑貨”で紹介されたミュゼショップに。
ミュゼ店
絹の服、絹のショールとオヤをあしらったアクセサリーなど、おしゃれなブティック。

ミュゼ1
ミュゼショップ
(ミュゼがFacebookにアップした写真)

アンティークなオヤもたくさんあり、オーナーのギュリンさんがモチーフの説明をしてくださいました。
ミュゼオヤ
編み目や端の縫い目の大きさは、作者によるのかと思っていましたが、地方によるそうです。
ブルサは山岳地帯だから、ウールの糸を使い、明るい色が多いとか。

ミュゼ芝生
これは芝生。
お嫁さんがお姑さんに、”末永く仲良くしてください”と贈ります。
でも、もし、嫁のことが気に入らなかったら、オヤを細かくカットして翌朝のスープに入れる、というこわ〜い話も。
ここで聞いた話ではありませんが、反対に、早くお姑さんが亡くなるようにと、墓石のモチーフもあるのです。
古今東西、嫁姑問題は永遠のテーマですね。

セマーイーネ
とても珍しいセマーのモチーフ。言われてみれば、白い服を着た3人が踊っているようにみえます。

お話を伺ったり、試着させていただいたり、カードが使えるのでお買い物をしたり、楽しい時間はまたたくまに過ぎてしまいました。(急いで海峡を渡っておかないと、帰れなくなってしまいそう)
きっとまた来ます、と約束してお別れしました。




  1. 2013/06/22(土) 00:01:31|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

18)イスタンブルへ

6月1日、サムスンから飛行機でイスタンブルへ。
すでにデモ騒動は始まっているのはテレビのニュースで知っていましたが、我々のホテルとタクシム広場は目と鼻の先。
イスタンブル
ホテル前の道路は地下鉄の工事中で荒れているのですが、向こうの木々がゲジ公園。ガスマスクをつけたカメラマンがいたり、消防車が走ったり。

きな臭い(催涙ガスの影響)部屋に荷物を置き、現地に住んでいるとも子さんの案内でアジア側カドキョイに船で渡りました。
ドルマバフチェ
ドルマバフチェ宮殿が見えます。
海峡を渡るこの船がとても気持ち良くて大好きです。

船着き場は、タクシム広場に行く人たちで溢れ、まるで陽気なお祭り騒ぎ。
船着き場

まずは、お昼ご飯。トルコではどのロカンタ(レストラン)もだいたい同じようなメニューですが、とも子さんご推薦の店は、さすが日本人好みの味で、一番おいしく感じました。
カドキョイレストラン

このあと、とも子さんが連絡しておいてくださったミュゼショップに向かいます。





  1. 2013/06/21(金) 00:01:57|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

17)シンブル

サムスンの博物館の売店で、ようやくトルコのシンブルを発見。
しんぶるサムスン

アンカラからず〜っと探していたのに、どこにもなかったのです。
サフランボルでは、木組みの家やサフランの花などの図柄までイメージできるのに・・・
アマスヤだって、緑の川と古民家、とか、古民家の形をしたシンブルも面白い。
ナザールボンジュウ柄、国旗やアタチュルクの写真転写なら、どこでもありそうなものなのにね。
(私だったら、てっぺんにガラスのナザールボンジュウがいい。もしどなたか旅行されて、この幻のシンブルをみつけたら、どうか買ってきてくださいませ)

チューリップ柄に惹かれて、10×15cmのノートも衝動買い。
トプカプ宮殿の、絹のクロス(16、7世紀)のモチーフを表紙にしたものとか。
中央に内蔵されたマグネットで、右の袖がしっかり閉じるのが、秘密のノートっぽくていい感じ。
ノート

ちょうど5/31日にお誕生日のメンバーがいました。
ユスフさんの粋な計らいで、夕食後にバースデーケーキのサプライズプレゼント。皆で♪ハピーバースデイ♪の歌をうたい、キャンドルを吹き消してもらってカット。でも、おなかがいっぱいで、とても食べられません。
唱和してくれた両隣のトルコの方達のテーブルにお裾分けし、助けてもらうことに。

ところが、律儀にも、どちらのテーブルからもデザートの返礼。
●バナナのスライスにピスタチオと蜂蜜がけ(真似をしたい意外なおいしさ)
●焼きヘーゼルナッツ
焼きヘーゼr
お皿の上に塩を敷き、アルコールをかけてナッツを乗せたのでしょう。
テーブルの上で焼かれたナッツはおいしく、演出効果も満点でした。
主役のひろこさん、初めてのトルコで誕生日を迎えたことは、忘れられない思い出になることでしょう。



  1. 2013/06/20(木) 00:01:30|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

16)博物館のタペスリー

サムスンで見学したもうひとつの博物館に、各都市の特徴を刺しゅうで表現してパッチワークしたタペスリーがありました。(撮影:文子さん)
街のタピ
刺しゅうだけでなく、レース編みやアップリケ、コラージュもあります。

イスタンブル。金糸と濃い赤のチューリップが、華やかな宮廷を彷彿させます。
刺しゅうイスタンブル

マラシイシ(金糸の刺しゅう)の発祥の地、カフラマンマラシ
マラシ

ガジアンテップはフィレレースが盛んなのでしょうか
ガジアンテップのレース

コンヤは、メヴレヴィ教団の廻りながら祈るセマが有名
コンヤの刺しゅう

アタチュルク廟(中央の建物)がある首都アンカラ
アンカラ刺しゅう

ワンは片目ずつ色が違う猫が有名(バックの青はワン湖)
ワンネコ

トラブゾンは、サムスンに近い黒海沿岸にあり、魚の街(楽器が魚の形?)
20130531_151337.jpg

エスキシェヒルは、海泡石のパイプが有名
20130531_151417.jpg

行ったことのある街をみつけると嬉しいものです。
この図案はアソコね、〜〜が名産だった、など。
私は技法も興味があるので、このタペスリー1枚で、たぶん、人の2、3倍は楽しめるでしょう。



  1. 2013/06/19(水) 00:01:35|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

15)サムスン

黒海沿岸の都市サムスンは、軍人だったアタチュルクが独立戦争を起こすために、イスタンブルから船に乗って最初に上陸した歴史上重要な都市。
1919年5月19日、このような船で
サムスン船
このように上陸して(どれがだれか、の写真入り解説板もあり)
上陸
腐敗したオスマン帝国に対し、人民軍を率いた反撃がここから始まったのです。

アタチュルクの業績や遺品の展示があるガジ博物館を見学しました。
ユスフさんの説明にも力が入っていました。

一番尊敬する人は?と質問されたら、トルコの全国民同様に私も今なら間違いなく「ムスタファ・ケマル・パシャ!」と即答するでしょう。パシャは将軍の意味。アタチュルクはトルコの父という意味です。

1921年、ギリシャ軍をイズミルから撤退させ、1922年、スルタン制度を廃止、翌1923年に共和国として独立、初代大統領に。
イスラム教が国教だったのを政教分離し、一夫多妻制度を廃止、女性参政権の実現、男女教育義務化、メートル法採用、アラビア文字をローマ字に、男性のトルコ帽と女性の顔を覆うヴェールの着用禁止など、近代化を大きく進めた偉大なる人物。(しかも、顔もいいし体格も立派)
トルコのあちこちの広場には銅像があり
銅像
学校、ホテル、レストランなどには必ず写真が飾られています。
もちろん紙幣やコインも。
お札

彼は57歳の若さで惜しくも亡くなってしまいましたが、トルコの国民同士が傷つけ合っている現状をさぞ嘆いていることでしょう。



  1. 2013/06/18(火) 00:01:18|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

14)市営カルチャースクール

ユスフさんが前もって交渉してくださっていたので、市の方が案内してくださいました。
建物は8まで点在していて、1,4,5,8を見学。
文化教室

エブル(墨流し)教室で実演してくれました。
エブル1
エブル3
キリム(習いはじめて2ヶ月だそうです)
キリム
銀細工(薄い銀版を使用)
銀細工
人気のペイント(3Dやトールペイント、デコパージュなどいろいろ)
絵画教室
銀線で刺しゅうするテルクルマ
テルクルマ
絨毯織り
絨毯

そして、イーネオヤ
イーネ
まずスカーフの縁をまつるところから
オヤを編む
オルネキ
本や図はなく、オルネキ(見本)を参考に、布に合わせた色で作っています。

この家は9:30〜3:30まで自由に使えます。
各自、好きな教室に入って(無料)自由に作る。互いに教えあったり先生に教わったり。上手にできた作品で販売を希望すれば、市が販売してくれる(例えば博物館売店とか)システムらしいです。
アマスヤ市役所が、一般主婦でも収入が得られるように、積極的に支援しているのです。

イーネオヤは特に美しく、私たちはそれぞれお気に入りを購入させていただきました。
DSCF7258.jpg
DSCF7255.jpg




  1. 2013/06/17(月) 00:01:57|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

13)アマスヤ

次はアマスヤで2泊。今回、私が一番行きたかった街です。
アマスヤ城址から見下ろすと(高い所がみんな好きで)
アマスヤ風景
岩山に挟まれた谷間にイエシル・ウルマック(緑の川)が流れています。
DSCF7091.jpg
この川は黒海に注ぎます。
屋根の色が統一されているので、どの街も上から見ると奇麗ですね。

アマスヤ夜景
ディナーで魚を久しぶりにいただき、橋を渡っているとちゅうでタイミングよく噴水が吹き出しました。川沿いの木造の古民家がライトアップされ、川面に写って、なんとも幻想的な光景。

割礼式を終えた少年が、靴を履き替えているところに遭遇。
男の子1男の子2
リクエストに応えて、可愛くポーズしてくれました。

主に昔の医療器具の展示と、診察・治療・手術風景などのイラストがあるユニークな博物館を見学。
ここの売店で、思いがけずたくさんの素敵なイーネオヤスカーフに出合いました。
スカーフ1

2年前に原宿のトルコ大使館バザーでトゥーオヤつきの長いストールを購入。色も気に入って愛用しているのですが、それはmade in AMASYA。
トルコのオヤつきスカーフといえば、正方形のプリントばかり見ていた私にはとても新鮮でした。
どんな街で作られているのか、どんな人たちが作っているのか、その好奇心から、訪ねることに。
突き止めるまでには至りませんでしたが、期待に違わず、新感覚のイーネオヤがたくさん作られていて、手仕事の盛んな土地との印象を持ちました。






  1. 2013/06/16(日) 00:01:48|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

12)カスタモヌで

konak(屋敷)タイプのホテルでは10指に入っているとか。
カスタモヌのホテル
珍しいものをミッケ! クイズ:さて、何の箱でしょうか?
くつカバー
ヒント:階段の下に設置されています。
DSCF6933.jpg
非常口プレートが緑色なのは世界共通でしょうか。
ルームナンバー
ルームナンバーもおしゃれなタイル

日本人の宿泊は我々が初めて、ということで、宿泊サイン帳には日の丸と寄せ書きを。
宿帳

トルコ独立戦争では前線への兵力と弾薬補給の重要な役目を果たした土地
カスタモヌ1
記念碑のある広場で医学部卒業アルバムの撮影の場に出合い、請われて一緒に撮影。

城壁2
城壁に登り
すすむさん
「春高楼の花の宴〜」進さんの歌声が澄んだ青空に吸い込まれていきました。

前夜、ホテル内で生ライブ。「イスタンブール」をトルコ語で歌い終わると、「こんなにイスタンブルを美しく表現した歌は初めて聴いた」と、トルコの男性が握手を求めたほど好評。(自動的に追っかけをしている私も鼻が高い)

(クイズの答え:靴のまま片足を入れ、踏み込むとガバッとビニールカバーがかかります。ホテル内に汚れを持ち込まないための装置。)



  1. 2013/06/15(土) 00:01:04|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

11)サルバザール

帰国する10名を見送り、ユスフさんにガイドをお願いして、15名でのんびり旅行が始まります。
サフランボルを一望するフドゥルルクの丘で、サフランチャイに蜂蜜を入れて飲みました。
フドゥルルク

最初の宿泊地はカスタモヌ。ちょうど火曜日(サル)はバザールがあるとネットで調べてあったので、連れて行ってもらいました。残念ながらオデミシのようなオヤのバザールはなかったけれど、女性にはとても楽しい自由時間。
バザール2
野菜と果物が豊富でどれも安い。さすが農業国。
バザール4
後ろは帚
葡萄の葉
葡萄の葉はヤプラクドルマスを作るため。
バザール7
穀物と豆類、香辛料
バザール3
「食」の通りから曲がって「衣」の通りへ
バザール5
やはり左手の人差し指が気になる・・・
バザール6
”これを編んでいるの”
毛糸や
いつでもどこでも、立っても編んでいる芳子さんは、バザール裏の毛糸屋さんでご機嫌でした。



  1. 2013/06/14(金) 06:59:19|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

10)ご褒美の1日

バスで黒海沿岸のアマスラに行き、船にのったり、魚料理を食べたりする遠足が予定に入っていましたが、去年、経験している私と進さん夫婦はパスしての〜んびり。

窓
あいかわらず窓の写真。レースだけでなく、タッセルやフリンジのデザインが美しくて。

ギュルエヴィ(バラの家)の中庭で優雅な午前のチャイのひと時を過ごし、
バラの家
DSCF6801.jpg

ショッピングし、(月曜の午前中なので、観光客が少ない)
ショッピング

タクシーで新名所のガラス張りのテラスへ。
テラス
床もガラス。高所恐怖症の方にはおすすめできません。

ハマム
ハマムも初体験。まな板の鯉で、されるがまま。
(詳しく聞きたい方は講習会で)

夜はビールやワインを飲めるレストランで、翌日帰国する短期組や学生達とお別れパーティー。
ビールを飲めるレストランがごく限られています(市長はエルドアン首相と同じAKP党。飲酒を嫌うので我々の招待にも不参加でした)。
缶ビールを売っている店は少なく、ビール好きのメンバーは、冷蔵庫がついている人の部屋に集まっては仕入れられたビールで飲み会をしていたとか。旅行者でも不満が出るのだから、国民はさぞかし。今も、より大きくなっているデモ騒ぎには、この不満要素も大きく作用しているようです。信仰も自由ですが、適度な飲酒も自由なはず。

早く騒動がおさまって、

平和で穏やかで美しいトルコに戻りますように

と祈らずにはおられません。


  1. 2013/06/13(木) 00:01:00|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

9)古民家

サフランボル3日目。講習は午後からなので、午前中は街中を散策。
サフランボル街
ここは谷地にあり、水と緑に恵まれた地域で、かつては地中海と黒海を結ぶ交易ルートの重要なポイント。利を得た豪商によって競って木組みの大きな家が建てられました。

街で一番早くから公開されている古民家がカイマカムラル・エヴィ。去年はテレビロケが入っていたために見学できなかったので。入館料はたしか、3リラ(1リラは60円ほど)。
民族衣装
男性の部屋
↑男性の部屋で、女性は入れません。料理も回転する棚で差し入れるという徹底ぶり。
↓女性の部屋。結婚式前夜のクナゲジェシという儀式風景。
クナゲジェシ
↓窓のレースやカットワークなどが気になります。シャンデリアも素敵。
窓のレース
シャンデリア

花いっぱいの中庭は喫茶店に。
中庭の喫茶店
↑人形ではありません。チーズかほうれん草入りのギョズレメ(大きなチーズクレープみたい)を焼いています。
↓3人で3等分したギョズレメとおいしいトルココーヒーをいただきました。赤いのはサクランボのジュース。
トルココーヒー

夕方、舞台と講習をそれぞれすべて無事に終え、進さんの指導で学生たちと「ふるさと」をトルコ語と日本語で合唱。じーんと感動するひとこまでした。
DSCF6765.jpg












  1. 2013/06/12(水) 00:08:00|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

8)文化祭@サフランボル

広場で実演する舞台組と別れ、私たち講習組は車で20分の新市街にある文化教育会館に出発。
根付組
木目込みメンバー3人。ジンジハン1Fは見学できるので、旅行者もたくさん訪れます。

手伝ってくれたアンカラ大学のイペッキさんとエジェさん。イペッキは絹、エジェは女王という意味。
双葉さんは、「絹ちゃん」「じょうちゃん」と呼んでいました。
イペッキ

12歳の女の子たちとジャンケン遊び。
じゃんけん
彼女達の左手は、腕までメモでいっぱい。
手のメモ

講習には男の子も市長さんも。折り紙教室もまわってきた様子。
男の子も
市長さんも

私たちは残った金糸で男結びや女結びを作り、貼付けていましたが、トルコの方のデザイン発想は目からウロコ。
DSCF6654.jpg

私はもっぱら針に糸を通す係。クロバーの糸通し器が大活躍でした。
糸とおし




  1. 2013/06/11(火) 00:52:03|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

7)開園式・開会式

宮崎敦さんをご存知ですか?
2011年10月にトルコ東部を襲った大地震。
NGO「難民を助ける会」で働いていた宮崎医師はいち早くかけつけ、食料や水などを配って救援活動。そこに余震がきてホテルの下敷きとなり、41歳の貴い若い命を落とされました。
トルコでは英雄の扱いで、彼の精神を受け継ごうと、中学校や公園などにAtsushi Miyazakiの名前が次々とつけられているそうです。

サフランボルで、折しも宮崎敦公園の開園式が行われる日に我々が到着。是非参列をしてほしいとの要望が出されました。宮崎さんが働いていらしたとかのゆかりの地かと思いましたが、トルコのために命を捨てた貴い方だから、ということでした。トルコの人々が彼の名を忘れないように大事にしてくれることが有り難く、日本人として彼の死を悼むと同時に、両国の絆をさらに強くしたことに感謝しながら、参列してきました。
開園式
(アンカラの日本大使館の方もご列席)

エルトゥールルや宮崎さんの偉業を後世まで伝えようという教育に敬服します。
日本も、イランイラク戦争で取り残された日本人を、トルコのパイロットが救った話や、東日本大震災でも、トルコの救援隊が早くから来日し、長く助けてくれていた話はもっと子ども達にも伝えるべきだと思います。
お互いが感謝し、尊敬しあえば、いつまでも友好関係は続くはず。

↓開園を待つ人々(ちゃんと許可を得て写しましたよ。嫌と言われる場合ももちろんあります。スカーフを被っている方には特に許可を求めるのがマナー。もっとも、オヤが撮りたくて、後ろ姿はこっそり写してしまいますが)
村の人びと
親子

その足で博物館庭園に行き、「日本とトルコ友好の日」の開会式に参列。
トルコの民族舞踊、アンカラ大学生による「ソーラン節」の踊り、和太鼓、武術、進さんの歌などを鑑賞。
博物館開会式
民族舞踊
昼間はカラッと暑かったのですが、夜になると肌寒く、ニットのストールを持っていったのは正解でした。




  1. 2013/06/10(月) 20:23:42|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

6)サフランボルへ

サフランボル市からのお迎えバス
サフランボルバス
上部は小さな穴があり、眼帯の原理と同じで中から外が見える仕組み。
外側はきれいな宣伝バスですが、乗客が外を見るには正直、うっとおしい窓。
ご親切にお迎えに来ていただいて文句は言えないから、眠るしかない。

去年、2012年6月24日のブログでもサフランボルを紹介しています。
世界遺産のため、新式ホテルはなく、メンバーは2カ所に分かれて宿泊。
私は、昔の隊商宿を利用した趣のある ジンジハンに。
ジンジハン

遊園地の乗り物状の観光ミニバスで、ぐるっと街を一回り。
日本語の音声ガイド付きということは、日本の旅行客もたくさん寄るようになった証拠。
ツアーバス

店の横をすり抜け、
サフランボル店
細い坂道を超スピードで上がり下り。
サフラン通り
景観もスリルも満点です。
山のてっぺんにある博物館前の舞台で、夜に開会式が行われます。
サフラン景観

遊んだ後は、急いで着物に着替え(旅役者の早変わりさながら)、急遽割り込まれた行事に向かいます。
時間変更、場所変更、予定変更などはよ〜くあることで、文化祭参加が4回目の私は慣れっこ。
日本の旅行社が企画の、〇時出発、ここで〇〇分自由時間というきっちりしたツアーに慣れている方は、きっとついてこられないでしょう。ハプニングも楽しむのがトルコ。

観光客と中庭で
外国の観光客が一緒に写真をと。日本の着物は人気です。おば(あ)さんの地味な着物でもこうだから、若い方が振袖なんか着たら、それはきっと大騒ぎになるでしょうよ。(私は、小さいわねえ)
去年のサフランボルは気楽な旅行者でしたが、今回はささやかながら、文化交流と親善の役目を自負して行動しました。




  1. 2013/06/09(日) 18:44:04|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

5)文化祭@アンカラ

2日目、時差で明け方目覚め、朝日を見たりして、、、
朝日

前日、私がトルコの家庭訪問をしている間に、他の方々は講習準備をほぼ終了。
予定では午前中はフリーで、お姉さんがバザールなどを案内してくださることになっていたのですが、
活け花用のオアシスが劣化していたため、急遽、花屋さん街に調達しに行くことに。
(活け花の2人は、花の競り市で花材をたくさん競り落とすという珍しい体験もしてきたそう)
花屋
パパティア
çiçek=花。かわいいパパティアがたくさん!

午後はいよいよ講習会。↓活け花教室
活け花講習

↓茶道のお手前
茶道お手前
アンカラ大女子
↑茶道ボランティアのアンカラ大学生

↓書道教室
書道講習

↓根付教室(双葉さんが教えアンカラ大のハザルさんが通訳)
根付講習
木目込み展示
貝は上下がぴったり一致するのはその1組だけ、ということで、男女の幸せのお守り。
日本のナザールボンジュウと説明します。
この他、折り紙教室もあり、金魚やチューリップが人気でした。





  1. 2013/06/08(土) 12:59:35|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

4)土日基金文化センター

アンカラのホテル
アンカラのホテルからの眺め。
高層ビルの右下、ホテルのむこうに小さく見える平たい建物が文化祭を行う「土日基金センター」。方向音痴には安心の距離でした。
どにち、ではなくトルコ日本の略。(トルコは漢字では土耳古)
土日基金創立20周年、・同文化センター建設15周年の記念行事に参加したわけです。

ちなみに、日本でニット協会とか、ニット婦人クラブと聞くと、職業柄編み物を想像してしまうのですが、日土のことです。

小さな日本庭園とトルコスタイルの東屋。
日本庭園
あずまや

夜の8時から開会式が始まり、和太鼓や武術、歌などを披露。私は着物姿で観ているだけで、トルコの方々と一緒に日本文化を楽しみました。
和太鼓
特に和太鼓「大太坊」の若き精鋭3人の、溌剌たる舞台は拍手喝采を浴びました。

アンカラ開会式

これで初日の報告は終わり。やれやれ、このぶんではいつになったら帰国できるでしょうか。それに、私の記憶がいつまでもつかも心配です。



  1. 2013/06/07(金) 02:39:19|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

3)トルコの家族

ブルチンさんの家では大歓迎を受けました。
おばさまや従姉妹さんもみえて、美味しいお食事会。
DSCF6367.jpg
予測できたので、ホテルのバイキング朝食は控えめにしておいたのですが、
お心づくしの手料理を少しずつ一通りいただくだけで、おなかがいっぱいに。

私のためにレース編みを実演してくださいました。
おばさまたち

もう少し長く編んで縁をつけて、お祈りの時に敷くそうです。
真っ白なのにもったいない気がしますが、やはり誰かのチェイズ用とか。
DSCF6365.jpg
レース針の持ち方はナイフホールド。
DSCF6369.jpg
左手の人差し指に糸をたくさん巻き付けるのにはびっくり。
糸がゆるむ方は1〜2回巻き付けることをおすすめしていますが、こんなに巻くとは。
レース編みだけなら、糸玉がころがらなくて良い方法かもしれません。
人差し指巻き

おばあさまも、編みためた赤ちゃん用のかわいいニットをたくさん見せてくださいました。
DSCF6378.jpg

去年、日本に遊びにいらしたお姉さんが、英語で通訳してくださったので、なんとかなりましたが、まだまだ私のトルコ語は未熟で、決まりきったご挨拶や返事ができる程度。

言葉が通じなくても、お互いの温かな気持ちは十分伝わるものです。
私もすっかり実家に帰った気分になりました。




  1. 2013/06/06(木) 21:31:00|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

2)チェイズの店

昨夜、サッカー試合直後の渋谷スクランブル交差点。若者が気勢をあげ、警官がフェンスを設置の図。
イスタンブルもちょうど同じような状況でした。日本は平和でいいですねえ。
---

トルコでは結婚するまでに、チェイズという嫁入り箱を用意します。その中にオヤつきスカーフやタオルなど手作り品をためて、婚家先で親戚や近隣住民に披露します。現在でもその習慣は続いているそうです。

ちなみに、去年、女子美で行った展示会の石本コレクションの多くは、その中に入っていたと思われる母や祖母時代のオヤつきスカーフや刺しゅうのタオル、ナプキン類。
特に刺しゅうは各地の博物館に収められているものと同質でした。(トルコの博物館にも、1カ所にあれほどたくさんはありません)

昔はもちろんすべて手作りでしたが、今は、チェイズの店で完成品を購入したり、オーダーすることも可能。
チェイズの店

ナプキンセット

イスラム教は1日に5回、エザーン、お祈りがスピーカーで流れます。
それに合わせて、敬虔なムスリム(イスラム教徒)は、アラーの神に祈るのですが、その時に自分用のマットを敷きます。絨毯ばかりかと思っていたら、こんなに美しいキルトもアリ。
お祈り用キルト
キルト2

このレースで、このデザインで、、、とオーダーするのでしょう。
チェイズ材料

チェイズ貝
花婿の母親が花嫁にあげるアクセサリーや小物を入れる箱。貝の形をした布張りです。
姑さんからいただく貝の玉手箱、開けるときはさぞワクワクするでしょうね。

チェイズオーナーと
お店のオーナーさんと。
このあと、日本の母としてブルチンさんのご家族を訪問。暑い日でしたが、ちょっと無理して着物でご挨拶することにしました。
手には、プレゼントしていただいたヘナを持っているのですが、これはまたの機会に。


  1. 2013/06/05(水) 11:56:38|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

トルコ報告1

DSCF6854.jpg
ーーサフランボルのフドゥルルクの丘でサフランチャイを飲みましたーー

あっという間の充実した旅でした。書きたい話が山ほどあるのですが、まずは帰国のご挨拶。
日本でもニュースになっていたのですね。みなさま、ご心配いただき、ありがとうございました。

イスタンブルの新市街の中心にある緑豊かな公園の木をすべて伐採してショッピングモールを建設するという政府方針に対して、市民が反対の声をあげたのが発端。
独裁的なトップで、富裕層だけが儲かる新事業がどんどん増加し、市民の鬱積した思いが形になったので、イスタンブルだけでなく、イズミル、アンカラなど60以上の街でもデモがあった模様。死者も2名。負傷者は1000人以上とか。

たまたま最後の宿泊地がイスタンブル中心のタクシムで土曜日夜。
昼間、暢気にアジア側で楽しんでいた私たちは、騒乱が一時収まり、催涙ガスが消えた夜中2時過ぎに、ガラスの破片やコンクリートの散乱する石畳の道を1時間半ほど歩いてホテルに戻るという大変な経験をしてきました。誰もいない風を装った真っ暗なホテルに着いて、久しぶりの湯船でゆっくり休んでいたら、外でドカンドカンと大きな音がし、無事をアラーの神さまに感謝。

石本さんも40年以上トルコを見ていて、こんな騒ぎは初めてとおっしゃってました。もしかしたら、歴史に残る事件に遭遇したのかも。
「飛んでイスタンブール」ではなく「とんだイスタンブール」。

トランクが壊れ(これは飛行機と安物のせい)、散乱した荷物と時差ぼけの頭と撮りためた写真をゆっくり片付けながら、順次ご報告しますね。



  1. 2013/06/04(火) 00:12:38|
  2. ビーズの縁飾り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

Profile

midori nishida

  • まとめ